文化に対して理解する

根本的に異なっていることを把握していなければならない

日本に住んでいる時にしない部分はある、文化というものだ。というより、日本という国ほど自国における文化というものに無頓着な人が多いと思っている。もちろんそんな無宗教者ばかりだというわけではないだろう、中には真摯に宗教的に見方を考えている人もいるだろう。しかし行き過ぎた宗教価値観を他人に押し付けるのではなく、自国の文化として根付いている宗教を当たり前のように自分の価値観としているわけではない、それが今の日本人としての姿にかなり近いところだ。

アメリカではそうした宗教を普段の生活から意識的に持っている人が非常に多い、アメリカが誕生したときから様々な異国文化が混ざり合って今の合衆国が存在している、そのことを考えると日本というのはいかにも島国らしく、また島国としてあるべき意識の根底が存在していないと考えられるといえるのではないだろう。

そこはいい、その点についてはアメリカでも熱心な信者もいれば、淡白な信者もいるだろう。現代社会として成り立っているこの状況を考察して行くと、いつか必ず神様に報われる日が来ると夢を見ている人はそこまで多くないはない。日本人としても神に対して忠誠心を誓っているなどとする意識持つ人ばかりというわけではない。宗教的な価値観についてはそこまで共生されるようなこともないかもしれないが、そうした文化があるという見方を持っていないとやはり辛いところがある。

文化としての宗教価値観だけではない、そもそもアメリカにおいて文化とはどのようなスタイルが主となっているのかをキチンと理解していなければならない。この部分を蔑ろにすることも出来なければ、見てみぬ振りをすることもしてはいけないところでもある。アメリカでの暮らしをして行くとなったら、まずアメリカにおける基本的な習慣はどのようなものとなっているのか、勉強することも大事なことだ。ではここからは、そんなアメリカにおける日常的な文化的風習などを分析しつつ、考察して行こう。

個々人の意志を尊重する

自由の国といわれるほど、アメリカには白人や黒人、さらに日系人などの様々な人種の人々が生活をしている国となっている。こうした中で独立宣言をした後、サラダボウルといわれるがままにアメリカでは様々な人々や意識、そして習慣などが各地で独特なまでに発展して行くことになる。だがそうした中で最もアメリカで常に意識した配慮をしなければならない事が一点ある、それは人種間における差別や侮蔑を込めた発言を控えることだ。

日本でも何かと他人に対して卑下される事はある、日常においても何かと根に持たれてしまって上司から人間性を否定されるような発言をされたことがある人もいるだろう、しかしそれでも仕方ないとして心の中で留めておく事も多いのが日本人らしいところだ。しかしこうした発言をアメリカに住んでいる人々に言おうものなら、人間関係にヒビが入るどころの問題ではなく、その場で喧嘩を引き起こす要因として、起爆する材料となってしまう。

アメリカの歴史において南北戦争を始めとした経緯を見れば理解できるだろう、偉人として崇められているリンカーンやキング牧師などの平等性が唱えられた事によって、今でこそ白人と黒人の間にそこまで極端なわだかまりは解消されている。それだけに、アメリカでは人種や人間性を否定されるような言葉については過敏となっているため、発言内容には細心の注意が必要となる。特にアメリカでは公の場において相手の立場を尊重する事が社会的なマナーとなっているので、例え友達関係であったとしても冗談交じりの無神経な発言であったとしても、それだけで差別扱いを受けたとして怒りを買ってしまうことになってしまう。協調性を重んじる必要があるというにはかなり過度に気を使うことになるのは確かだ、そして普段から軽口を叩くことが多い人は言葉一つでアメリカでの生活を行うことはできなくなるかもしれないことを理解しつつ、改めてアメリカにおける人種に対してどのように見ていくべきなのかと、勉強して行く必要がある。

状況別における風習として

アメリカでは人種間における不用意な発言を控えなくてはならない、これは特に普段から意識する必要がある。何か少しでも人間性を否定されるような発言をしようものなら、自分で自分の首を絞めることになってしまう。だがこうした点だけではなく、その他にも注意しなければならないアメリカの文化的な側面について考察して行こう。日常において、とりあえず海外ってこんな感じなんだろうという安易な考えで持ってしての行動は非常に危ないので、ここでそうした風習について紹介していこう。

人との接し方として

1:握手が基本スタイル
アメリカ文化において初対面の人とは握手をするのが基本となっている、良く見られるようなハグについては抱きついたりするのは親しい間柄だけのこと。またキスについてはよほどのことでもない限りやらないので、しようものならセクハラと見なされてしまうので注意を。自由だからこそ、最低限のマナーを持っていなければならないのは、アメリカでも当然のことだ。
2:名称について
基本的に、どのような場所においてもファーストネームで呼び合う事が基本となっており、それはビジネス面においてそうなっている。タイトルがついている相手ならつけておく事が無難となっているので、ここは良いとしよう。日本において誰に対しても名前で呼ぶという習慣を持っていないので、この点は慣れるまでに時間を要することになるかもしれない。

家での過ごし方

土足文化といえば聞こえはないかもしれませんが、アメリカでは自宅で靴を脱ぐという習慣はあまり見られない習慣なのは旧知の事実だ。そもそも玄関に段差がないところでも、日本の物件とは大きな違いだろう。

外食時のチップについて

日本にはない文化でもある外食におけるチップだ、これはアメリカにおいては当然の文化となっているので払わなければ逆にマナー違反と見なされてしまう傾向にある。むしろアメリカではサービスをする上で正当な対価とする考え方もあるので、その店舗を利用して行く事を考えていくのであれば、チップは当然のように支払わなくてはならない。

宗教について

アメリカに住むことになったら当然、宗教的な側面を知ることになる。日本ではそこまで極端な宗教論者でもない限りは通常の生活において、宗教の話を持ち出すこともない。ですがそれはあくまで日本という特殊な国だけであって、それ以外の国においては宗教は常に生活に密着した関係に置かれている。アメリカでは過半数以上がキリスト教を信奉しているので、その点をよく理解しておかなければならない。ただ、意外な部分では無宗教としている人の数も全体としては少ない方に位置しているが、それでもキリスト教に続く二番目に多いというのだ。自由だからこその形なのかもしれないが。やはり社会全体としての形としてはキリスト教を中心とした文化となっているので、キリスト教に詳しくなかったら最低限聖書の一冊を読んでおいた方がいいかもしれない。